「寛いでる我が子を見るとイライラするのは病気。」
「花まる学習会」の高濱先生が講演会で「家でこどもが寛いでるのを見てイッラ~っとするのは病気です。」とおっしゃっていた。
私は必ず「イラッ」とする。
勉強は諦めた・・・と思ってはいるが、それにしても酷過ぎでしょ?
テストっていつからだっけ?
何でテレビみてるよ!
「提出物」が出てないって、学校から電話掛かってきてたけど!
家に帰って手洗いうがいもせず、ダラ~っと横たわり、お菓子を食べだす息子を見て
「何でそんなやる気ないよ?」と聞くと
「やる気はあるでしょ。だから今やってんじゃん。」と返ってくる。
その「やる気」だが、親と子の認識のズレが大きすぎて、トラブルとなる。
息子は「学校の課題・宿題」をやりさえすれば「やる気がある」と思っているらしく、「やる気があるからやってんじゃん。やる気がなかったら、もういいや・・・ってなってやらないよ。」と言う。
彼の頭の中には「宿題をやらない選択肢」が当然のように存在している。
やって当たり前の事、やらなきゃならない最低限の事をこなしただけで「やる気がある!」と考えている。
そりゃいい成績なんて取れないわ・・・
そもそも「宿題」だって完璧にこなしているわけじゃなく、催促されて、催促されて、催促されて、「やっと出す」という感じなので、やっただけで「偉い!」と思うのだろう。
私の考える「やる気」とは、そもそものスタート地点が違うのだ。
私にしてみれば「課題・宿題」はやって当たり前。
それ以外に、予習、復習、自分の興味のある事を調べたり、本を読んだり、テストに向かっての勉強をしてこそやっと「やる気がある!」と考える。
どうでしょ、この違い!
これだからいつまでたっても親子で話は噛み合わないし、ケンカとなるのだ。
宿題やっただけで「やる気がある!」ってどう思います?
こんなんでも、出来た事を褒める方式だと「よくがんばったね」って言うんだろうか?
いや~それは無理だよ・・・だって「期末テスト」があるんだよ・・・
いやいや、子離れできない私が悪いな・・・
「講演会で何を習ってきたよ」・・・
黙って見守るのって難しい・・・
高濱先生のおっしゃる通り、私が「病気」なんだろう。
↓ これだね。
↓ 中学受験編。